ひさしぶりに何か記事でも
ここの更新のことをすっかり忘れて、気がつけば一年半が過ぎていた。
生活環境は大きく変わり、住む地域も変わり、慌ただしく過ごした一年半だった。
今年を振り返ってみても、何も進歩はない。
変わったことは多いが、自らが成長できたか?と言われると、答えはノーだ。
このままじゃどうしようもない。
ただ淡々と過ぎ去っていく毎日の中、何か自分が成長できることをしようと先月から日記をつけ始めた。
そんな中でこのブログの存在を思い出した。
また何か、気が向いたら書き記していこうと思う。
ハブ酒
最近本当に金がない。無駄遣いをしているわけでもないのに。
仕事が変わって実入りが少なくなったのが大きな原因だ。
来年からはちゃんと入ってくるんだけど、今年はどうしたもんかなぁ……
家で飲む酒にも困るほど。何かないかと漁っていたら、数年前の沖縄旅行で買ってきたハブ酒が出てきた。
高校の友達が沖縄に住んでおり、会いに行くついでにのんびりと観光をしたのだった。たしか3日ほど行って、ドライブしたり探検したり散歩したりした。
その時にぴぱーち(沖縄の胡椒)と一緒に買って帰ってきたのがハブ入りのハブ酒だった。
ぴぱーちはカレーにかけたり麻婆豆腐に入れたりしてちょこちょこ使っていたのだが、ハブ酒はすっかり存在を忘れていた。
沖縄では屋台巡り2軒目に飲んだのだったか。クセの強い酒だと思っていたので少しビビりつつ頼んだのだが、ハーブの良い香りがする旨い酒だった。
話のネタになるし、案外旨いし、他の友達にも飲ませてやろう。そう思って買ってきた。
友達が遊びに来た時に勧めたが、ただ一言「いらない」。
旨いといっても誰も飲んでくれず、大した興味も持ってくれず……
別に金取るって話でもないんだし、一口くらい飲んでくれたっていいじゃないか。
なんだか悲しくなってそのままにしていたのだった。
ボトルは埃かぶっている。ハブは白目を剥いて口をあんぐり空けている。
改めて見るとこいつはかなり小さい。7000円ぐらいの一番安い、小さなビンのやつだった。いくつぐらいで捉えられ、漬け込まれたのだろうか。
蓋を開けてみるとあの爽やかな香りがする。他の酒で例えるのもなんだが、養命酒みたいな香り。
知った味とはいえ、相手は数年放置されてたやつだ。テキーラショットくらいの量をグラスに注ぎ、少し口に含んだ。
あの時飲んだ味…とは少し違う。あの時のよりも明確にクセが強い。
生臭いというほどでもないが、タンパク質が混ざってる?ような印象。
初めはグラスになにか汚れがついていたかと思ったぐらいだ。
飲みながら思い出したが、ハーブのような香りはハブの臭みを弱めるために酒に元から付けられているらしい。
ハブが酒から出てしまうとカビたり腐ったりしてしまうため、飲んで減るたびに注ぎ足していくのだそうな。
もしや沖縄の飲み屋で飲んだものは、ハブの味が出ていない漬け地の酒だったのかもしれない。酒の回転が早すぎて味が溶け出ていないとか。
観光客が多く来るような店だったし。
ということは今私はハブの味を知ったことになる。
もし沖縄帰りですぐに開けていたら、この味は出ていなかったかもしれない。この数年間で味が出来上がったのかもしれない。
あの時飲むのを断った友達には感謝せねばならん。
花粉症がひどい!
昔はそうでもなかったのに、この数年花粉症が辛い。
今日は少し暖かくなったので散歩に行っていた。
川沿いを歩きながら、菜の花や鴨や雀のにぎやかな景色を眺めていた。
そういえば雀の頬に斑点があるのは「スズメ」でないものが「ニュウナイスズメ」らしい。食性が違うらしく、スズメは田んぼの虫を食べる益鳥でニュウナイスズメは稲を食べる害鳥としての面が強いらしい。
「舌切り雀」はニュウナイスズメだったのだろうか。
そんなことを考えながらボーっと歩いていたら、突然やってきた。花粉症だ。
とにかく鼻の奥がかゆい。かゆみに耐えながら早いところ引き上げようと考えていたら、今度はくしゃみがひどくなった。
十歩おきにくしゃみが出るような具合でもうどうしようもなかった。
すこし買い物をしてから帰ろうと思っていたが、中止だ。すぐに家へ引き上げてきた。
家に帰ってからは、鼻水がひどかった。ティッシュ箱から手が離せない。今日取った水分がすべて出て行ってるのではないかと思うほどだった。
鼻を取り外して全部洗浄したい。どうして人間の鼻は取り外し式じゃないのか。
どうにもならないことを思いながら一時間ほど鼻と格闘していたら、やっと落ち着いてくれた。
さすがに病院へ行こうかな……
今週読んだ本「緋色の研究」
探偵小説が好きでたまに読んでいたが、実はホームズを通っていなかった。
他にもデュパンもエラリーもメグレも読んでいない。これらもいずれ読みたい。
緋色の研究はホームズ第一作目で、ワトソンとの出会いから始まる。
従軍医だったワトソンは前線で負傷。イギリスへ帰り療養していたが金もなく、落ち着く家を探していた時に友人から紹介されてホームズとの同居を始める。ホームズはワトソンと握手しただけで何者かを言い当て、また外を歩く郵便配達員の前職も当てた。ワトソンはそんな彼が何者なのか怪しみ、また彼の推理力に半信半疑だった。そんな中一通の手紙が届く。空き家だったはずの家で死体が発見された。目立った外傷はなく、手掛かりもない。手紙は窮した刑事からの応援要請だった。二人は現場へ行き捜査を始めた……
パッとしない刑事たちとそれをからかうようなホームズ、無邪気に驚くワトソンとそれぞれのキャラクターは噂通りで、楽しく読み進めることができた。
一点だけ、逮捕後の犯人回想パートが長くて、途中で気持ちがダレてしまった。
全体としてはかなり満足、他の作品も読みたい。
ブログを書く理由
なぜこのブログを書こうと思ったのか。
もともとはTwitterをよく利用していた。思ったことをつぶやいて、知り合いとわちゃわちゃやっていた。
しかしTwitterがいやになってしまった。
理由はいろいろとある。
TwitterからXになって使いずらくなったのもある。スパムが非常に鬱陶しくなった。
しかし、それ以上に知り合いとのやり取りに疲れてしまった点が大きい。
身内ノリにひいてしまうようになった。
別に知り合いたちを嫌いになったわけではないが、空気感に合わなくなってきた。
そして自分を知っている人間に見られていることに嫌気がさしてきた。
自分の考えていることに対して反応が欲しいわけではない。それなのにリアクションを取られるのがいやになった。
投稿しようかと書き込んで、知り合いの顔が脳裏に浮かんで、削除することが多くなってしまった。
知り合いの前で知らず知らずのうちに「私」というキャラクターを演じていたのかもしれない。
また、いつでもどこにいても知り合いから連絡を取られるということに対して拒否反応が出るようになってしまった。これまでも連絡を頻繁にとるのがいやだったのが、もうなんの連絡もしたくないほどになってしまった。
しかし、日々考えているいろいろなことを抱え続けると自分がつぶれてしまいそうだ。
個人的に日記をつけることも考えたが、それだと反芻し続けることになりそうでやめた。
ある程度人目を意識して書いた方が自分を客観視できそうだと感じた。
誰かに見てほしいわけではないが、人目が必要であるという矛盾を抱えている。
そんな思いでこのブログを書いている。
葬式・血筋
雪がひどかった日、祖父が亡くなった。
もうそろそろかもしれないとは覚悟していたが、このタイミングだとは思わなかった。
コロナウイルスにかかり肺炎を併発したが、症状がひと段落していた時だった。
晩年の祖父は完全にぼけてしまっていて、なにも覚えていないようだった。
家族で介護をするには限界があり、施設へお願いしていた。
父親とともに何度か会いに行ったが、私のことが分からないのはもちろん父親のことも誰か分かっていない様子だった。
父親が名乗ると「直系じゃないか」と驚き、私が名乗っても顔をしかめたままだった。
こんな状態で面会したところでどうしようもないと思っていたため、私はいつも乗り気ではなかった。
元気だったころ、私にはいつも英語の本を読むようにと言っていたことを思い出した。
遺言ではないが、いただいた言葉としてもう忘れないでおこう。
もっと元気なうちに会っておくべきだったと思う。
一緒にお酒を飲むこともなく、永遠に会えなくなってしまった。
これまで幸運なことにこれまで一度も葬式というものに参加したことがなかった。
連絡があってから葬式までは1週間ほど時間があった。火葬場の予約が取れなかったらしい。
突然だったので、喪服を買うところからだった。時間の余裕があったのでその点では大変助かった。
祖父は静かな顔で亡くなっていた。
末期の水を捧げたが、本当に亡くなっているのかと思うほどだった。
葬式はわが血筋らしいものだった。
葬式の前に家族で食事に行くことになったのだが、母親の提案は焼肉だった。
「せっかくだからいいものを食べよう」というのは分かるが、この状況で焼肉はないだろう。無神経というか図太いというか……
こんなことを言いながらも、式中は一番泣いていた。
買ったばかりの喪服ににおいがつく、という理由でお断りした。
父親は読経中に寝ていた。直系だろ。
もう覚悟できていたのかもしれないが、それはないだろう。
焼香を寝過ごしそうになって、母親につつかれていた。
一番応えていたのは伯父のようだった。コロナ禍以降祖父と会えていなかったらしい。
そんな伯父も精進落としでは笑顔でがぶがぶと酒を飲んでいた。
私もだいぶん勧められた。
遺産の話もあったのだが、各々が「それぞれのいいようにしてくれ」と言って進まず、後日話し合うことになった。遺産争いとは無縁の雰囲気だった。
なんというか、暢気な一族だ。
自分にも同じ血が流れていると思うと、うれしくも誇らしくもある。